悟りって3パターンあるよね




悟りって3パターンあるよね

ども、心のよろず屋とくさんです。

心の仕組みについて書いていこうと思っていたのですが、このところの気づきを自分なりにまとめておく意味でも、今回は悟りの3パターンについて書いてみます。

悟りは3パターンある

なんのこっちゃですよね?笑

実は最近実感が持てるまで、悟りって2つくらいかと思っていたんです。

でも、何か人によってパターンがあるような気がして調べていたら…

昔読んだ本にも書いてあったじゃん!

アジャシャンティさんの本にも書いてありますが、アジズ・クリストフさんの本にはそれが明確に書いてありました。

個人的には、悟りに階梯とか段階とかってのを定義すると、なんか違う気がしてたので、あまり言ってはこなかったのですが、これはもう目をそらすことは出来ません。

と言うことで、まとめとシェアの意味を込めて書いていきますね。

マインド・ハート・ビーイング

僕は師匠から、心と体と精神は三つ巴だと教えられました。

某心理学では、感情と感覚、想いと身体の関連性を大切にしていますが、どちらも同じことだと思っています。

身体がなければ感情も生まれないし、想いに感情がなければ、ただの言葉になりますよね。

ちなみに、師匠は身体の悟りが最上だとおっしゃっていました。

僕は当時、まだそれが理解出来る段階にいなかったので、なんのことやらよくわからなかったのですが、今回芋ずる式に理解出来た次第です。

マインドの悟り

マインドの悟りとは、精神とも言えるし、想いとも言えるのですが、非二元やノンディアリティーの教えが、これに当たると思います。

ほとんどの人にとっての悟りと言う状態は、このマインドの悟りで完結するのかもしれません。

自分を知り、自分がいないことを知り、気づいている意識、体験しているモノが自分であると知り、気づきの意識に寄り添うこと。

お釈迦様的と言えるかもしれません。

よく陥るのは、全てに意味はないとか、全ては幻想と言う感じで、ちょっと殺伐とした一見つまらない感じになりますね(苦笑)

ちなみに、僕の状態はこのマインドの悟りです。

個人的には、カウンセリングをする人にこのマインドがないと、事実と妄想を精査できなくなるので、ちょっと危うい感じがします。

ハートの悟り

ハートの悟りとは、心の解放と言えるのかもしれません。

自分を明け渡し、あるがまま、そのままで良いことが腑に落ちる。

現代人の多くはこれを求めているように感じますね。

注意点は、この状態で自我が強く残っていると、自分を知ることではなくて、自分をファンタジーの主人公にしたくなる傾向にあります。

マインドの悟りを得ていると、ここでファンタジーには走らないのですが、それがないと幻想がエスカレートして、ちょっと危うい感じがしますね。

でも、この悟りはとっても大切なんですよね!

キリスト的と言えるかもしれません。

ビーイングの悟り

これは、存在、身体の悟りと言えるのかもしれません。

アジス・クリストフさんは、これを絶対状態とおっしゃっていますね。

僕の師匠の言う身体の悟りは、ここに当たるのですが、これには二つあるように思っています。

その違いを説明すると煩雑になるので、今回解説はしませんが、上記二つが、全体の一部である私を理解する純粋状態であるのに対し、ビーイングは絶対状態、全体とか、本質と溶け合うようなものかなと邪推します。

僕もまだ未知の段階なので、正確にお伝えできなくて申し訳ないですが、僕の求めている悟りはこれだと確信しました。

悟りは目標ではない

人は、悟るために生きているのではなく、自分に出会い、本質を知ったら、自分の人生を楽しむと言うのが現世のでの生き方なのかな〜と思っています。

自分を知り、自分に気づき、気づきの意識に寄り添い、本質と溶け合い、ハートで生きる。

言葉にするとシンプルですが、こんな感じかなと思っています。

と言うことで、今回は『悟りって3パターンあるよね』でした!

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