鏡の法則?




鏡の法則?

ども、心のよろず屋とくさんです。

今回からは、しばらく心のお話をしていこうかな〜と思っています。

今回は鏡の法則?です。

よく、人は鏡と言うけれど、いまいちどう言うことか分からないですよね?

投影

僕はこれを投影って言いますけど、心理学的には防衛機制ですね。

シンプルに言うと…

自分の抑圧しているあらゆるモノは相手(世界)が持っている。

自分の持っていないモノは相手(世界)が持っている。

そんな風に見えるんですね。

なので、自覚の有る無しに関わらず、相手(世界)がまるで自分を映す鏡の様に感じられることから、こう言った言葉が生まれたのかな?と思います。

しかし、残念ながらそう言った抑圧した思いは、本人にしてみたら自分にはないと思い込んでいるものなので…

僕もそうでしたが、いやいや相手がおかしいでしょ〜!鏡じゃないでしょ〜!みたいな感じでなんだかピンとこないんですよね〜。

抑圧ってなに?

ネガティブな感情や想いに蓋をしてしまうのはよくある話ですが、これはわかりやすい抑圧の形ですよね。

また、ポジティブシンキングも、その裏にネガティブな条件付けがあった場合は、形を変えた抑圧となります。

ネガティブな条件付けやトラウマは、それを感じたくないために様々な形で、その想いや信念を抑圧します。

感情って言うのは、実は現れては消えるだけの現象でしかないのですが、人はどうしても自分に対する条件付けやアイデンティティーを持っているものなので、湧き上がる感情を感じたままにして、消えるまで待つ事ができません。

例えば、とっても楽しいお笑い番組を見て大爆笑していても、次の日、数週間、数ヶ月、何年と、ずっと笑い続けている人って見たことありませんよね?

でも、とっても悲しい出来事や、苦しい出来事、怖い出来事って、数カ月から数年経ってもずっと抱え込んでいますよね?

これって、同じ感情なのになぜなんでしょう?

それは、自分にどの様な条件付けをしているか?どの様な想いを抑圧しているか?で、出来事に対しての見え方や感情の現れ方が変わるからなんですね。

本当は大爆笑と同じ様な感覚で、怒りや恐怖、悲しみや不安と言った感情も、大体は自然と消えて行くものなのです。

自分への条件付け

例えばですが、

Aさん:「私は間違ってはいけない」という想いを持っている人と、

Bさん:「私は間違えない」という想いを持っている人がいたとしますね。

上司に、

「ちょっと難しい仕事だけど出来る?」と仕事を振られたとします。

この場合、Aさんならどんな感情が湧くでしょう?

きっと、間違ったらどうしよう?という不安や、絶対に間違えないようにしなきゃ!と言う想いが生まれますよね?

では、Bさんならどんな感情が湧くでしょう?

きっと、よっしゃ〜!やったるぜ〜!とか、お任せください!的な感じでしょうか?

おそらくBさんにはネガティブな感情は湧きませんよね?

このように、自分で自分をどのように条件付けをしているかで、出来事に対しての見え方も、感情の現れ方も変わるんです。

過去にあった衝撃的な出来事や、繰り返し体験した嫌な出来事というのは、ネガティブな条件付けやトラウマを作り上げます。

その裏にあるのは、「こうしたらこうなる」の様な条件反射的な記憶と感情の結びつきです。

Aさんは自分が間違ったことで、きっと何か嫌な出来事が繰り返しあったのでしょう。

すると、何か任されるたびに、何か行動するたびに、間違ってはいけないという不安感が沸き起こってしまいますよね?

その想いと向き合わない限り、その抑圧した想いや信念は徐々に強固になって行きます。

そして厄介なことは、この様に抑圧している自分の想いや信念を、殆どの人は自分は持っていないと思い込んでいることなんです。

投影の仕組み

こうした想いや信念に、自分は気づいていない訳ですから、その想いや信念が刺激される出来事や状況が起こる度に、間違えることにビクビクして、また、間違えない様に必要以上に努力する、頑張ってしまうなどの、苦悩が生まれます。

ですから、ミスしてもヘラヘラいている人が許せなかったり、こうあるべきだ!みたいな主張をしてしまうことあるでしょう。

私は間違えない様に頑張っているのに、なんであの人はミスばっかりしてもヘラヘラしてるの?なんで上司やみんなはその人のことを責めないの?みたいなケースも良くありますね。

つまり、「私は間違ってはいけない」から、「あなたは間違ってはいけない」にすり替わってしまっていますよね?

こんな感じで、自分が抑圧した様々な想いや感情を、人は相手や世界にすり替えて投影しています。

大抵の場合で人を責めてしまうときは、自分の中で許せていない想いや信念を、そのまま相手に見ていることが殆どです。

ですから、鏡の法則と言うんですね〜

それは本当?

さて、鏡の法則と言われる所以がお分り頂けましたでしょうか?

ちなみに、Aさんは僕のことでした(笑)

ここで一つエクササイズをお伝えしましょうね。

人は出来事をそのまんま見ることを、実はしていません。

これまで書いた記事でもわかる様に、様々な条件付けをしているため、好む好まざるにかかわらず、人は自分の見たい様にしか世界を見ていません。

なので、どこまでが事実で、どこまでが思考によるストーリー(解釈)なのかが曖昧です。

ですから、様々な場面で、もし自分自身がネガティブな感情や思いが湧き出したときは、「それは本当かな?」と自問自答してみてください。

そして、事実のみを見ていくと言うのを心がけてみてください。

例えば、今回の記事でいうと、

上司に仕事を任されて、ちゃんと間違えずにできるか不安だ。

と言うのは本当かな?

これは想いですよね?

事実は、

上司に「この仕事ちょっと難しいけど出来る?」と言って仕事を任された。

私は聞いた。

以上です。

それ以外の不安は、思考の作り出した幻想、ストーリーでしかありませんよね?

他にも、

「私はお金がない」は本当かな?

1万円持っていても、お金があると思う人と、お金がないと思う人がいますよね?

つまり、この場合は「私は○円持っている」が事実です。

もし一円もお金を持っていないなら、ないと言う行為は出来ないので、

「私はいる」がこの場合の事実になりますね。

 

ちなみに、私にとってのたった一つの事実(真実)は、「私は在る」です。

それ以外の私に対する自分の想いや条件付け、レッテルみたいなものは、全部自我の作り出しているストーリーに過ぎないことはお分りいただけますよね?(笑)

さて、ちょっと長くなってしまいましたが、今回は鏡の法則?でした〜!

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